初めは、契約社員としてその会社に派遣されることになった。

それまでは、半フリーターとして半夢を追いかけていたわけだけど、いい加減仕事に就こうという風に思い仕事を探した結果というわけだ。

内容としては、記憶をたよりに書くから詳細は記載しません。

まずはそこまでたどり着く道を流れ作業的に書いておく

パソコンにはずっと興味があり、X68000→PC98系の派生EPSON機である386・486だっけかな?を持っていてWindowsは当時は3.1。

高校は化学の学科だったわけで、そうした方面に進学、就職という話もあったけど、自分としてはそうした仕事をしたくない。なぜなら未来が想像出来るから。

ずっと、常に何年後かの未来を想像してのその姿が見えるモノに興味が持てなかった。

だから、もがくように東京に出てコンピューターの専門学校に通う。

名目はマルチメディア。

当時は、グランドプランが描かれているマルチメディアという概念。ハッキリ言うと五里霧中で抽象化した言葉。中身は何もない。というもの。インターネットもろくに整備されていない時代だったのでコンピューターグラフィックと言っても、高級機種で描いたベクター画像が1枚100万、アイコンを想像しライセンス出来たら一生食べていけると言う風に言われていた時代。

今考えると、それを提唱していた講師が、なぜそうした事をしていなかったのか?

押して知るべし。アイコンなどのUI系はOSと密接に関連しているので、当時グラフィックワークが可能になったWindows3.1がでたばかりで、95も98ももう少し先だった。

だから、売り先はMicorsoftってことになるかも知れないけど、無象無象がつくったものを採用するはずもないよね。

そこをなんだかんだ、C++やアセンブリなど基礎言語を学び(関数嫌い。プログラム向いてない)から、卒業制作ではゲームをつくりシナリオを書いて全体をプロデュースしていた。

そこから、何を思ったか、声優になると言いだし専門学校に通う。

そして、卒業してうまく潜り込んだ。

ただ、仕事も常時あるはずなく、バイト三昧。

基本としてアニメーションの声優をやりたかった訳ではないので、ナレーションとモブなどをごくたまに。

まあ、元々、声優をやりたかった理由としては、そうした人達の為のビジネスを将来出来ないかなという事を考えていたからだ。(我ながら20歳の時にそんな事をカナがえていて、それが20年たってもずっと変わってない事に驚く)

そこからは、まあ、バイト歴になるので書くべき話も特になく話は冒頭の、仕事を探すという談になるのです。

仕事を探すときにした事

別に仕事の寡占なく、基本これからビジネスをしていく為には何を身につける必要があるのかという事をベースに考えた。

継続して持っていたスキルとしては、やはりPC周りなどをやっていたので知識がある。

また、データをまとめたりするモノ嫌いではないので、それを生かすにはまずは派遣などでどこかの会社に潜り込んで就業体験を積むことが大事になる。

そう考えて、ある派遣会社に登録。その派遣は元請けから案件を振ってもらっていた2次受けで派遣会社から派遣元に派遣され、さらにそこに依頼している派遣元に就業するという流れだった。

ややこしいな。

スキルとしてPCのスキルはあったのでエクセルとかワードも触れますくらいに言っておき、ヘビーな仕事ではなく働くという感覚を取り戻す為に仕事をしていく事になります。

基本、バイト時代は、声優の方が優先だったのでバイトをぶっちぎって辞めたりするようないい加減な感じもあった。この辺りは優先順位という話だし、所詮バイトなのです。よく、バイトでも責任が~と働くとは!とドヤ顔して言っている人は、きっと職場がブラックであっても辞めないのだろうな。

そう、仕事ってビジネスとは違うし、自分でやりたいモノとしてやっているものばかりではないので、認識のずれややりたい事、やるべき事ではないものからはみ出る場合は辞めるべき。

そこまでして、その仕事をする価値があるかは、人や組織が判断するものではなく、そこで働く本人が判断する。それが職業選択の自由というもの。個人が保証されている権利ってわけで、コレを犯して強制されるものはないのです。

さて、2次派遣から派遣先へさらに派遣された会社は、当時水道橋にあったSTBをつかったネットの動画配信をしていた会社での配信される動画のチェックをする仕事。

つまり、会社に行って動画をひたすら見る検証作業をすると言うモノ。

来る日も来る日も2倍速にした動画を見続け、その過程でどういったタイミングでエラーが出るかを見ると言うモノでした。

検証チームといっても、2人しかおらず、動画も映画だけではなくアダルトまであるという始末。

一覧をもらい、それを2人でずっと見ていくという仕事。すごく無情というか、生産性のない仕事です。

自分としては、社会復帰のリハビリがてらだったのでちょうどよかったですが。

そんなこんなで仕事をしていくウチに派遣元(2次派遣ではなく、派遣先の会社ね)に切り替えて、給与(時給)をアップしてもらい、さらに、違う内容の仕事も入るようになりある場所に行くことになります。

これも今まで経験しないような裏側をみるような仕事。

それはそれで、大変だったが楽しくもありました。

そう、仕事をするためにした事は、まずは、自分の能力を見つめ直してその能力に見合った環境で仕事をすること。そして、責任を取り戻す為に社会復帰をするということを目先の目標として定めていたという話。

ざっと、書いてきましたが、この話連作にしないとつらいので(整理しないと書けないので)このくらいの文章量で少しずつ書いていこうと思う。

まあ、自分はまっとうな人生を計画的に歩いてきたわけではないのですが、やりたい事、目指している事は社会に出てから終止一環変わってないのでそこに至る道を精査しておくと言う事で記憶の掘り起こしをしている次第。

誰の役に立つものでもなく、自分の記憶と想いの整理って事ですね。