先日(2019/04/21)の日曜は、かなりざわざわした感覚になってしまった。

ある意味注目していた事件の結果が出たからだ。

別段、特別にアイドルのファンとかではないけど芸能界のある意味縮図になっている事件で、事務所がなにを守って何を切り捨てることをするかの結果が出るからだ。

先日、事件の発端をうけての記者会見について意見を書かせてもらったが

NGTの山口真帆さんに起きた暴行事件についてAKS初期対応のミス

第三者委員会というものの存在をどう捕らえていいのかもわからなかったので整理するつもりで書いた。

第三者委員会の公表ってなんだろともって弁護士の方に聞いてみた

色々な問題はあるだろうけど、結果としては告発者になった山口真帆さんは卒業という名の解雇になった。

内部告発は失敗してしまった

勿論、内部告発というような事をすれば会社とはまた違った環境でグループ活動を主とするアイドルグループでは、そのグループに残って活動を続けていくことが出来ない状況になるのは本人もわかっていたと思う。

だって、ある意味、一挙手一投足、箸の上げ下ろしまで監視されているような環境で自由な活動ができるか?となってしまい、そのグループは息苦しい環境になってしまうだろう。

構造として、AKSという会社は、社長が100%株主だから取締役といっても議決権は特段ない雇われ役員と言う事になる。

これはなにがしかの権利を保有している役員なら、執行役員とか技術役員とか色々な名称として言われているC○O(チーフ○○オフィサー)といった言い方で取締役の前になにがしかの肩書きが乗っかるが、会見をした取締役はそうした権限のない平取締役。

だから、結局すべての決済権は、社長が握っていたわけだ。

そして、ライブの最後に山口真帆さんが卒業を発表する場になり、メモを広げて読み上げました。

その内容で

事件のことを発信した際、社長には「不起訴になったことで事件じゃないということだ」と言われ、そして今は会社を攻撃する加害者だとまで言われていますが、ただメンバーを守りたい、真面目に活動したい、健全なアイドル活動ができる場所であってほしかっただけで、何をしても不問なこのグループに、もうここには私がアイドルをできる居場所はなくなってしまいました。

このことから見えてくるのは

不起訴になった事で事件では無くなったと言ったと言う部分、これは山口真帆さんが訴えたのではなく運営が訴えたことの証左かなと。つまり、NGTではなくAKSが、警察に訴えたが起訴されなかったと言う結論になった通知してきたと言う事。

でもコレは、運営自体が起訴を取り下げたともとれるわけで、そうなると、警察も検察も起訴する事は出来ない。つまり、逮捕はさせたけど、民事に移行したから刑事事件としては不起訴という事なんだろう。

確かに、イベント運営とかで地元に貢献していたNGTというグループだけど、警察・検察という組織は甘くないわけで、刑事事件として、起訴してくれと被害者が望めば起訴される案件だろう。

しかし、被害者が被害と取り下げて民事にすると言えば、警察も検察もなにも出来ない。

つまり、事件そのものを無かった事にしたかった、運営会社としては被害自体を取り下げて不起訴にさせたと言うのが1番簡単で権力云々を使わずに穏便化出来る手法だったろう。

だから、被害者が直接訴えたのか?誰が起訴を取り下げたのかと言う事は問題として残るわけだけど、これは真相は藪の中だろうね。

会社としての対応は正しいのか?

んで、会社側ひいては社長側からは会社・グループを攻撃する加害者だと言われたと。

会社の側から見れば確かにそうだけど、実は、事件が起きた時にはそうした視点を持ってはいけないわけで、すぐに改善をして、タレントの望むような形をとることは大切だ。

ちょっと自分の経験も書いてみると

私も経験として、ある程度の同人活動のように展開していたアプリで、出て貰ったキャストからの訴えで作品というかアプリ全般を取りやめて、その活動自体を取りやめた事がある。

このときもコミュニケーションを図らず、勝手に進めてしまった結果だし、それに伴ってアプリの開発費用など吹き飛んだわけだけど、出て貰っていた人の意見をないがしろにしてはいけないというのは同意出来たし、そうした人の協力が大切だから、その想いを1番に考えたわけだ。

そして、協力してくれた当人には申し訳ないと想うけど、運営する側としても大きな痛手は被っている。

ではAKSの会社としての姿勢は?

まあ、ITの会社なんて、実際にはトライアンドエラーの繰り返しでやりながら考えて失敗から学ぶことが多いけど、AKSはそうした意味では、今まで卒業という名の解雇を繰り返してきたが何も学んでいないのだろう。

途中からは解雇ではなく、また、タレント本人の資質や売れているかの尺度から勘案して、その処分を変えてきたわけだけど、それはまあ、根本はタレント価値という金を天秤に掛けて、残した方が得な場合は残して、切った方が良い場合は、切ることになったんだと想う。

それはそれで、ビジネス判断としてはいい。

しかし、今回は、グループ全体の中での改善要求が1番の希望で、事案化をした本人が1番の被害者だ。

それまでは、事件化する事も無く辞めていった人もいたろうけど、それを覆して会見の場にもTwitterを通じて反証をしたわけだ。

ネットの無い時代は、確かにAKSのやり方で真相をうやむやにして乗り切る事も出来たろうが、今は、リアルタイムに反証されてしまう時代だと言うことをAKSと言う会社は認識していないのだろう。

昨今はYoutuberもそうだがVtubarもたくさん立ち上がって同様の問題が生まれている。

運営をする側は経済論理として、期待値を超えてこないとその起用を切ってもっと売れる形にしたいと考えるが、実は、今の時代はそうしたやり方で売れるケースはない。

アイドルグループというパッケージの終焉

ファンビジネスは地道に、小さな成果を積み上げて活動を認知して貰いファンを増やして行く事が大切だし、それが乗算的に一気呵成に人気になると言う事はなく、小さな活動を地道に続けた先にしか成功は無いのだし、ファンを獲得していくビジネスモデルの場合は、たくさんの素材を用意して、その中から好きな人を選んでねと言うようなキャバクラ方式は既に古くなっている。

だから、パッケージ化して、その活動をさらして中で葛藤する姿などもセットにした存在を映像化して見せる事でドラマチックに仕上げて、ストーリーを追体験させる売り方がフィットするようになったわけだ。

それはある種、AKBGの成功体験だったけど、その課程でネットが進化してリアルタイム性が加速して、Showroomなどでリアルタイム発信で事件を訴えるという事案が発生したわけだ。

それは小さな事で言えば、Twitterでも枚挙が暇が無いほど起きている。

訴えた側の訴えがおかしな場合もあるし、運営側が正しい場合もある。

しかし、今回の件は、100%運営がおかしい行動を常にとり続けている事が目に見えてしまっている。

時代を見誤っている古い感覚

昔は通じた火消しの手法として、文春などのゴシップ雑誌を使った情報発信も、その構造がばれてしまっているので加害者側と通じた情報発信とみられてしまうので、まったく火消しになっていなかった。

最後は、構造が逆な案件まで取り上げて、アイドルグループというものの全体の問題構造にしようとしたが、それだって既に古いリソースから持ってきたネタと言う事は、すぐにばれてしまった。

そして、昨日、卒業発表の場で、山口真帆さんにああした言われ方をされてしまう、AKSという存在は、既に死に体をさらしてしまっているわけで、後は、NGTという存在もシュリンクしていくだけの消えゆく存在だろう。

これは、グループ全体に波及する話で、AKBGは全般に埋没していく事になるだろう。

まあ、坂道Gというソニーのやっているグループなどはアイドルグループというよりもアーティストという面を強調して違いをきちんとつけてグループ化しているが、AKBGは地域性のあるご当地アイドルというビジネスパッケージになっているので、それだって既に限界値を超えてシュリンクしていくことは目にみえていたけど、言ってしまえばやりたい人はたくさんいて、代わりはいくらでもいるという大人の論理が成り立ってしまう今のアイドルパッケージというモノは転換点を超えて終わりにさしかかっているのだろう。

搾取すると言う構図があるのか?という疑問もある

グラビアのタレントさんが、搾取される側に回るなという事を記事でかかれている文を目にもしているが、それは実は論点が違っていると思う。

タレント側に「賢くなれ」「自分を客観的に見ろ」と警告する人たちがいます。

だけれど、それと同じくらいの熱量で搾取する側にも批判と警告をしてください。

「夢を見て頑張る人から搾取するな」「同じ人間として尊重しろ」。

しっかりとそう怒ってください。

https://blogos.com/article/372536/?p=2

これは、実は搾取でもなんでもなく、育成に対しての回収を言っているのかもしれない。

タレント性を使い倒す風潮は問題だし、声優でもアニメに不祥事が起きると、その反省の弁を声優にさせてしまう場合もある。

これは、今はまずいやり方になってしまったんだと想います。

ネットの無い時代だから成立していて、視聴する側は受け取るだけの存在だったから起きえた状況で、今は受け取る視聴側、ファン側も主張や発信をするようになっている。

そうした意味では、タレントの育成などもある種、やり方を変えてもっとよりフェアにしていく必要があります。

タレント側はこうなる、こうなりたい、こうしたいを明確にして使う側もこうした人が良い、こうした人に田野みたいというマッチが成立しやすい世の中にならなくてはなりません。

でも、こうした世の中は、双方が選ばれる存在で、駄目な発注者は受注してくれる人がいなくなりますし、成果を上げることが出来ない受注者も同様です。

先ほどの元タレントさんの意見で

アイドルもグラビアも、日本独自の文化だと思います。

時にこういった文化を、「女性差別を助長するものだ」として批判する人もいます。だけれど私はそうは思わない。単に、アイドルやグラビアアイドルをモノとして扱わなければ良いという、ただ当たり前のことをすれば良いだけなのです。

いじめや差別もされる側に問題があるわけではありません。する側の心の弱さであり問題なのです。

自分より下の存在を作らなければ自分を保てない、とても心の弱い側の問題。

といい、

私が今、訴えている男女平等というのは、先ほど言ったようなことをなくして仕事に集中できる環境を作ってくださいということです。

「グラビアで自分の許可していない露出の作品を発売される」
「撮影の際に性的な嫌がらせをされる」
「本人を追い込み断れない状況を作り、望んでいない仕事をさせる」
「性接待を強要する」
「応援していると言いつつファン(と呼んで良いのかわかりませんが)がセクハラや人格攻撃をする」
「キャスティングの話をし、セックスを強要する」

そして今回の山口さんのような暴行に遭うこと、それを告発すると被害者が責められる風潮。

これら被害者の多くは女性です。男性であれば、芸能界にいてもこのような目に遭うことは女性よりとても少ないと思います。(ゼロではないと思いますが)これらをなくし、本来の芸能の仕事に力を注がせてほしい。

男女差別にすり替えをしていますが、確かにうなずける部分もありますが、依頼する側も受ける側も同等と言う事が見逃されているように想います。

また、その仕事で売りたいと想っているイメージに乖離があると思えます。

この辺り、きれいな言葉を選んで芸術性が~といった事もあったりするのかもしれないですが、その根本には欲があるわけで、その欲がどう商品として成立するのかは、受ける側が良く考える必要があり、その仕事をする際にはきれいに着飾って自分を納得させるくらいならやらないと言う選択肢は無かったのかなと想ってしまいます。

グラビアのタレントさんとアイドルの違いなのかもしれないと思います。

この辺りは、仕事を受けるためのスキルも問題になっているのだと想いますし、そうした教育や何を大切にして何を守っていく必要があるのか、あと他者の欲を如何に制御して、不快な欲をはじくことが出来るかどうかと言う事は、本人の資質にも依存しているし受けている教育にもよるのだと想います。

芸能界という場で、そうした意味では昔の反社系の人も減ってきていますが、未だにそうした出自の人が幅をきかせていたり、欲が集約しやすい場でもありますし、ファンもタレント側も欲があり、それをどのように、体現したり成功体験として共有出来るのか?それに価値が見いだされていない現状では、平等にしてという訴えってどうにもズレが生まれやすい言い方のように想われます。

まとめ

何事も、かいけつしないでしょうし、この件はおそらく訴訟などが起こされないとこのまま収斂して埋没し忘れされるくらいの問題ではあるけど、それでも、昔と違い、こうした声が社会の問題として健在化するようになったのは良い社会に一歩だけ近づいたと想います。

悲しい結果になりましたし、風化させるなと言っているファンなのかもわからない人達がいますが、この件はおそらく風化していくだろうなとしか想えないのは悲しいです。

本来的には、ファンが結集して山口真帆さん本人は名誉毀損などを訴える手段が無いので、ファンがそうした事を訴えるのは可能だと想うので、そうした活動をすれば良いと想う。

そのようなファン側からの守りたいというアプローチは無かったから、それが新しいアプローチになるので、そうした事が起きない限り、いくら、憎しみを伝えても次第に忘れられていく話なんだよね。